月夜見

    “寒さしのぐは…に限る?”

           *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

陽が落ちてから真っ暗になるのが、本当にあっと言う間になって来た。
今年は残暑の続きみたいないい陽気が いつまでも続いたもんだから余計に、
朝晩のひときわ清かな、秋らしい時期というのが微妙になかなか来なくって。
お月見も菊見も、あらもうそんな時期だった?と、
暦に教えられてるような順番だったし。
そういえば、そんなにも大きな野分は来ないままだったし、
紅葉が色づくのだってずんと遅かったんじゃあなかったか。
そんなこんなな変梃子な秋が、あっと言う間に通り過ぎたの、
人々へと知らせたのが、

 「ううう、寒いなぁ〜〜。」

急な冷え込みだってのが何とも皮肉。
これでも記録を遡りゃあ、
さほどに物凄い冷え込みじゃあないとかで。

 『去年の今時もこんなくらいの気温、
  寒さだったって帳面に書いてあるぞ?』

療養所のお医者見習のチョッパーせんせえが、
かんだんけいとかいう器械で暑さ寒さの度合いを毎日計って、
日誌代わりの帳面へ書き留めてるんだそうで。
それによれば、去年の今頃もこのっくらいのもんだったそうで。

 『そうだったかなぁ? もちっとマシじゃあなかったか?』
 『親分親分、お医者せんせえの記録だ、まず間違いはねぇってばよ。』

ウソップもサンジもそうだったに違いないってと、
一人小首を傾げ倒していた童顔の親分を、
どうどうどうと宥めすかした晩秋の夕暮れであり。
暖かい店の中にて晩飯を済ませると、
そのまま下っ引きのウソップとは分かれての、
ご町内の見回りにと繰り出した、麦わら帽子の親分さん。
いつもと同じ色柄の着物も、さすがにこの時期だからと、
実はすこぉし厚手のそれであり。
もうちょっと本格的に寒くなったら、綿の入った袷(あわせ)へと変わる。
もっと北の方の雪深い土地でなくたって、ここいらの冬場も結構な寒さが襲いくるが、
現代のような起毛のウールだの、らくだのパッチだの、
果てはヒートテックだなんてな防寒装備はない時代(つか設定)だってのに、
一体どうやってしのいだかといえば、

 手あぶりやあんか、襟巻きに懐石(温石)

いきなり話が大きく逸れるが、
かの小泉八雲こと ラフカディオハーンさんは、
日本で英語の教鞭をとろうと来日なさった最初の年、
この国のそれはそれは寒い冬にたいそう仰天なさったそうで。
何といっても住まいがとんでもない。
紙と木と、漆喰という薄い土壁だけで囲った粗末な家には、
勿論のこと、暖炉なんてものもない。
こんな中で日本人はどうやって暮らしているのだろと、
ガタガタ震えつつ不思議がっていらしたそうだが、
土地の人に聞いたところ、
手あぶりの火鉢と足元を温めるあんかで、
十分温まりますようと気さくなお答えが返って来。
世話人の方が揃えてくださったそれを試してみたところ、
なんと、本当に十分暖かかったのでまた驚いた。
手あぶりとあんか、つまり身体の末端にあたるところを温めれば、
全身の血流もよくなって、あっと言う間…は大仰だが、
それでも、それだけでも十分にホカホカとしのげるではないかと判り。
もっと温まろうというのなら、
襟元を保温し、腹へ暖かいものを抱えるといいと、
その昔は僧侶が暖めた石を懐ろに入れてしのいだという話をしてもらったという。
日本人は、西洋の進んだ学問を聞く前から、
理に適ったあれこれを生活の知恵として既に身につけていたのだなと、
それは感服なさったそうで。

 “こちとら、そんなお品のいいせんせえ様じゃねぇからな。”

理屈がどうこうなんてちんたら言ってないで、
もっと直截なもので温まるつもり満々の親分さんが目指したものはといやァ、

 「おお、親分さん。」

小難しい理屈なんて知らないが、
風の冷たい寒い晩に体を暖めようと思うなら、

 「おやっさん、蕎麦おくれ。」
 「へい、まいど。」

ほんのついさっき、結構な勢いで晩ご飯を平らげたばかりだというのに、
一体どこへ入るやら、もうかけそばを手繰っておいでの親分で。
相変わらずの豪傑なのは、まま今更だけれど、

 「おお、今晩も冷えるなご亭。」
 「おおや お坊様、こんばんわ。
 「〜〜〜っ☆」

ううう〜っと唸る真似をし、
いかにも寒かったところから上がって来ましたという素振りにて。
随分と年季が入って擦り切れかかった暖簾を、
骨太な手の先でちょいと掻き分け、
馴染みの客でございとお顔を出したのは誰あろう。

 「坊様。」
 「はいな。こんばんわ、親分さん。」

にっかりと愛想よく笑った彼こそは、
こちらの無邪気な親分さんが、
日頃から微妙に気になってしょうがないとしている流れ者の雲水さんで。
とはいえ、どこかの寺へ僧籍を置く、
正真正銘、本物のお坊様かどうかは怪しいもの。
これまでの付き合いのあれこれから察するに、
実は元・お侍だった男だが、
何か事情があってご城下を歩き回る坊様に成り済ましており、
修行をしている傍ら、
時々 元のお仲間に頼まれては、
危ない探索の仕事もこなしている…んじゃなかろうかと。

 親分の頭の中では、
 随分とややこしい肩書にされておいでの坊様だそうで。
(笑)

とはいえ、そんなこんなも本人が言ったことじゃあないのだし、
ホントの肩書が何だって、実のところはあんまり関係ない。

 「いや、急に冷えるよになりましたな、このところは。」
 「そ、そだな。」

特に言わずとも、目配せだけでドルトンさんが“あいよ”と手を動かして。
熱い湯を沸かしている一角の隅、
木枠に差し込まれて半分ほどが浸かってた銅壺をひょいと持ち上げると、
そこへ焼き物の大きな徳利から酒がそそがれる。
少し経てば、甘いようなクセのある匂いが立って、
温まったよと知らせてくるのを、
ひょいと持ち上げ、湯飲みへそそげば、

 「はい、お待ち。」
 「おお、ありがたい。」

人肌とかいう熱燗の出来上がり。

 「親父さんは凄いな、何も言ってないのによ。」

だってのに注文が判るんだなと、
まだまだ熱いおどんぶりの肌、大事そうに抱えたまんまで、
そんな他愛のないことを訊くルフィであり。

 「そういや、俺の顔見たら、すぐにも蕎麦を作ってくれるしさ。」
 「そりゃあまあ、ウチは品数があんまりありませんし。」
 「けどさ、今日は玉子がゆって気分だなぁって思ってたとき、
  ちゃんと玉子がゆを出してくれたじゃんか。」

しかも三つ葉入りのだったぞと。
あれは凄かったとやたら感心した小さな親分さんだったが、

 “…それってもしかして、
  前の冬の風邪が流行まくったころじゃないのかねぇ。”

何とはなくほやんというお顔をして、
親分がこの屋台へ入ったの、見かけたことがあるお坊様。
風邪かもしれない、こじらせさせちゃあなんねぇぞと、
手近な料理屋のお勝手からこっそりと、
お代は一応、水口へ置いたうえで、玉子を頂戴し、
ドルトンさんへと素早く届けたことがあったっけと。
陰で何やってますかな回想へ、ついつい苦笑をこぼしておれば、

 「う…、あ・えっとぉ。///////」

人心地ついてそちらを見やった坊様の何へだか、
恐らくはかち合った視線へだろう、ぱぁっと真っ赤になってから、

 「夜回りン時は あれこれ要るから面倒でよ。」

脈絡のないことを言い出したそのまま、
あはははと笑って見せるところがまた可愛い。

 「あれこれ?」
 「おうさ。今はまだそこまで要らねぇが、
  もっと寒くなりゃあ、雪駄だけじゃあ しのげねぇから足袋も履くし。
  着物だって綿の入った袷
(あわせ)ンなるし。」

まあ、俺は割と寒いのには強いんだがと、
今度は ちみっと余裕のある笑いよう。
走り回れば暖ったまるし、ゴムゴムの“ぎあ”ってのを使や、
力を一杯出せるのと同時に体も温ったまるんだな、これが…と。
自慢げに言ってから、だが、

 「あ、これは内緒だかんな。」

ゴロツキにバレたら、油断させといて捕まえるって こーどな技が使えねぇ。
だから誰にも言ったらダメだぞと、
ご亭と坊様とへ、口許へ人差し指を立てて見せ、念を押す幼さよ。
ああ、判ったよ、ええ判りましたと、
双方からの約束を得て、ほっとしたそのまま、
再び視線をやったのが、すぐお隣に腰掛けている坊様の姿へ、で。

 「俺も人のことは言えない着たきりスズメだが、坊様はもっとだよな。」

夏でも同じカッコじゃなかったかと、
ひょこり小首を傾げる親分なのへ、

 「ああまあ、そこはしょうがないさね。」

今更なことを聞きますなと、苦笑を深め、

 「托鉢やら力仕事の手伝いやら、
  日銭を稼いでしのぐ毎日だから。
  着るものへまでは、到底お足が回らねぇ。」

特に困ってはないものか、目許を細めて笑っておいでで。
まあ確かに、夏場に暑そうなと思ったほど、
小袖へ墨染の半臂
(はんび)を重ね、
足元は葛袴という雲水姿のその上へ、
風除けだか埃除けだか、
大きな布を巻き付けてもおいでだったりもする彼で。
今時分くらいの冷え込みくらいは、まだまだ平気なんだろうけれど。

 「……あんなあんな?」

ふと、この場には3人しかいないというのに、
きょろと周囲を見回すと、
すぐお隣の坊様へつつつ…とその身を近寄らせた親分であり。

 「?」

そこまで幼い子供じゃあるまいに、内緒話もないだろう…と。
思わないでもなかったが、
そんな堅苦しい良識を、あっさりと跳ね飛ばしたのが、

 「…あんな?////////」

訊いて訊いてと伺うようなお顔になったその弾み、
微妙に上目遣いになっていた誰か様。
屋台の柱へ灯された明かりが反射してか、
ふくふくの頬にちょんと、
若々しい肌の光沢が星を灯しているようなのがまた、

  うあ、それはないぞ、なんでまたそんな顔になる、と。

内心でじたばたしている身なこと、必死で押し込め、ひた隠し。
何でもないように装って、
どしたい?と、こっちからも少しだけ身をかがめて近づけば、

 「あんまり寒い晩だったら、
  俺んトコ来な、暖めてやっから。」

  …………………………はい?
  イマ・ナンテ・オッシャイ・マシタカ?

聞こえた言葉を解析し、
頭の中で何度も何度も、手打ちそばでも打つかのように、
捏ねの延ばしの、また捏ねのと、
何度も何度も咬み砕き。

 「〜〜〜〜〜〜〜〜。//////////」

いつもと同じ酒だったはずが、なんだか今宵は酔いが早いぞ。
何か知らねぇが、顔が、耳が熱くてたまらんと。
自分の変化を怪しく思う反面、

 “そそそ、そんなふしだらな物言い、
  一体どこで拾って来たんだ、親分さん。/////”

あの すけべ眉毛の板前か?
それとも、意味も判らないまま、
どっかのお姉さんに言われたのを思い出しただけか?

 “何だと、親分へそんな色目を使ったんは、どこの女だこの野郎…!”

  ………と。

ほんの刹那の間にも、
いろいろと様々な思考が脳内を駆け回ったところは、
ここでそれを引き合いに出していいものか、
さすが幕府からの隠密様だったが。


  まあま、もうちょっと落ち着いて、
  人の話は最後までお聞きなさい。


 「だからさ、あんまり冷え込むなって思ったら、
  坊様、神出鬼没が得意らしいし、
  俺がどこにいるかはすぐ判るみてぇだから。」

よしか、よく聞きなよと、
今度は真面目に真っ向から見据えて来ての、
親分さんの言うことにゃ。

 「近くの番所へ連れてってやるからサ。
  俺と一緒なら別に文句も言われねぇからな。」

 「……………はい?」

番所ってトコはいつも囲炉裏に炭を焚いてるから暖ったかいし、
明かりも灯してるから、何か寂しくないしよと。
成程、やっぱりまだまだ お子様級の感覚でもって、
寒空に出ていることを案じて下さったらしいとあって。

 「どした? 番屋に来るのは やっぱ気まずいか?」
 「あ、あああ、いやそんなことは。」

咎人じゃなくたって、道を聞きにとか、拾ったもんを届けにとか、
普通に誰だって来るとこだからよ。
気兼ねするこったねぇんだぞと、
説得するよに言いつのる親分なのへ。
うんうん、そうだな、困ったら寄せてもらうよと答えつつ、
内心どれほど、自分のこん畜生と思っておいでの坊様だったやら。

  そんな大人気なさへ気がついたのは、
  恐らくのきっと ドルトンさんだけだったろう、
  別な意味からも
  ちょみっと冷え込んだ晩だったようでございます。
(ちょん)





   〜Fine〜  10.11.26.


  *相変わらず“何だこりゃ”というすれ違いっぷりです、すいません。
   せっかく、
   暖めてあげましょとくっつく理由が出来る季節なのにね。
(笑)
   あ、でもでも、ルフィもゾロも寒いのには強くなかったかな?
   少なくともルフィは、暑いのよりは耐久性が上だったような。
   ゾロにしても、
   ほぼ裸に近いカッコでウロウロ出来たほどには、
   耐寒性は高しだったんですしね。(このネタは一生言われるぞ・笑)


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